みなさんを証券会社の舞台裏にご案内します-No.1


 私は昭和61年4月に大学を卒業して、大手証券会社に就職し外資系証券会社に転職した後、平成2年の11月まで営業職に携わってきました。
 時代はまさに日本国中がいわゆるバブルと呼ばれる真っ只中を、証券業務に従事していたことになります。
 今、平成8年、あの絶対的信頼を誇った銀行でさえ倒産を余儀なくされる中、バブルを作った張本人である、銀行、証券、不動産、建設業界の当時の実態を一部でも投資家に知ってもらうのが私の責務と考えております。
 その中の証券業界のみではありますが、それを知ってもらう事により、他の業界も推し量っていただけると確信しております。
 記述中、専門用語もでてきますが、できるだけ注釈入りで分かりやすく書くつもりですので、ご理解ください。
全部で50篇ありますのでご用とお急ぎでない方はごゆっくり読んでみてください。

 吉田 兼行を見習い、つれづれなるままに書いてみました。

                     登場人物紹介

  三田支店長・・・通称「赤鬼」 、口より先にすぐ手が出る。
  森本課長 ・・・仕事熱心だが、なかなかの部下思い。支店長と営業マンの防波堤役
  大久保代理・・・ファンキーな昔流の「株屋」。あまり細かいことにとらわれないタイプ、天衣無縫型
  太田   ・・・入社3年目 この物語の主人公。営業二課の配属  法人が得意
  藤原   ・・・今年配属の新人 チョンボの達人。一触即発型 何が出るかわからないビックリ箱 
 
 
 
    1億  中国ファンドの甘い罠

 3月5日 午後3時
「だからお願いしますよー!田中さん。絶対大丈夫だから」
「私は株なんかやった事おまへんねん、あかんて。だいたい金があらへんがな。」
「それなら口座に中ファン(中国ファンドの略)があったでしょう。あれを解約して株の代金に当てましょう。そして株が上がったらまた売って、もとの中ファンに入れておいたらいいじゃあないですか。名案ですよ、金利稼ぎだと思ってここは一発いきましょう!」
「しゃーないなー、ほなそないしとってんか。」


 なんと都合のよい論法であろうか。おそらく午後3時ごろにかかってくる電話である以上、仕切り玉で支店で余った株の押し込みであろう。3時から5時までの証券マンの電話は特にご用心!!
 昭和58年より始まった中期国債ファンドは、証券会社にも銀行と同じ様な安心してお金を預けられる商品があれば、今までのように敷居が高くなくなり、顧客も増えるはずだ。という客引きのための戦略商品であった。
 その成果はテレビのコマーシャルも手伝って予想以上に人気が出た。実際、銀行をも脅かすだけの預かり高となり短期間で急成長したのであった。
 元来「ファンド」というものは、不特定多数の投資家から金を集めてそれを約束した商品に投資してその配当を戻すもので、基本的に元本が保証されたものではない。
ただ中国ファンドはその投資先が、比較的安全な「中期国債」であるというだけの事である。
その証拠に必らず中国ファンドのパンフレットには、非常に小さな字で元本は保証しない旨がうたってある。
 しかし証券会社の商品の中では、一番元本保証に近い商品といえよう。
 後述の商品ラインアップに比べて「超安全君」と呼んでもさしつかえない。
 その甘い罠にかかってうっかり中国ファンドに預けようものなら、よほど断わる勇気がなければ先ほどの田中さんのように、買いたくない株の買い付け代金にされてしまうのである。
 証券マンからすると証券会社の客はすべて株を買ってくれる客で、今はたまたま中国ファンドに入れているだけと身勝手な事を平気で考えているのだ。
 こわいこわい

2億  恐るべき2時50分

 3月6日  午後2時50分
 「太田いくらだ!」
 「変わってません」
 「なんだたったの二十万円か、あと5分で大引けだ、全員で三菱重工を1万株ずつつくれ!いいな!」
 「わかりました」


 証券会社の3時前の日常会話である。
 意味を説明すれば、「いくら」というのは今日の前後場を通じての株の売買手数料のことである。
  「変わってない」というのは30分前に申告した数字と変わってないという事。
 つまりその後、売買ができてないという事である。
 手数料の申告は三十分おきにさせられる。だいたいその日の東証の株式出来高数の10倍がノルマである。つまり東証が10億株の出来高であればノルマは100万円である。
 証券マンたちは常に出来高をにらんでは、自分が今いくら不足しているかを考えて商いしている。
 ここで問題なのは申告する時に「ゼロです。」とは絶対いえないこと。
 つまり何も商いできていなくても例えば「5万です。」とか嘘をつかざるを得ないシステムが存在することである。それが30分おきに来るわけであるから「5万」が30分後には「10万です」になり、「15万」、「20万」で前場が終了。
 後場は「25万」からスタートで「30万」、「35万」、「40万」で立ち会いが終了となる。
 全くできてなくても、四十万と言わせられているのだ。
 それが課員6人いれば、合計240万と営業課長はカウントして支店長に報告する。
 しかし実数がゼロなどと解ってしまえばそれこそ何を言われるかわからないので全員が必死になって数字作りを始める時間がこの2時50分である。
 数字を作る方法は二通りあって、値段が入るか入らないか際どい指し値注文の客に電話して、成り行き注文に変えてもらう方法。
 相手が不在の時は、場合によってはかまわずにやってしまう豪気な営業マンをよく知っている。
 2つめは、まかされ客に銘柄は関係なく不足している手数料分の株数を計算して無許可で買って(売って)しまう方法。  
これは虎の子を出動させる作戦なのでよほど緊急の時以外あまり使われない。
 いずれにせよ3時前に「株の注文を成り行きにしましょう」という電話はみなこの類いであると考えてほしい。

3億  A、B、C、D客とは

3月4日 午前9時半
「太田さん5番に電話でーす。」
「おう、今電話中や、誰からや」
「松田のおばあちゃんです。かなり急ぎの用事みたいですよ。」
「ああ、あの客はEやからええわ。後からかけるわ。」


この会話にでてくる、Eという言葉に注目してほしい。
 証券マン太田君は、現在場中(証券取引所の立ち会い時間内の事)で別の電話で株の約定の話をしている最中に、松田さんという気のいいおばあちゃんから電話がかかってきたようだ。
 このEというのは、松田おばあちゃんにつけられたあまり歓迎できないコードネームである。
 証券会社は顧客登録のさい、その預り金の大小によって区分分けをする。
ただ小さい金額でも頻繁に株の注文をする客は、回転客といって非常に重宝がられる。そして本来なら例えばDの金額でもCに格上げされて呼ばれる事もある。

 呼び名一覧表
 特A客・・・上場法人、ないしは10億以上の回転客
  A客・・・10億以上、ないしは、5億以上の回転客
  B客・・・1億から5億、ないしは1億以上の回転客
  C客・・・3000万から1億、ないしは3000万以上の回転客
  D客・・・300万から3000万、ないしは300万以上の回転客
  E客・・・300万まで
  F客・・・300万まででここ数年動いてない客、近未来においても望み無しの客
 問題客・・・過去のトラブル、しがらみの事をいつまでも言う客
 公衆便所・・どんな仕切り玉でもぶちこめる客
 毎日新聞・・文字とおり毎日注文をくれる客
 客注客・・・頑固で自分の判断以外では、絶対注文しない客

 以上、各証券会社によって呼称は違うと思うが、大同小異であろう。
 証券マンにとって、一番有り難いのは、C、Bクラスで何でも勧めたとおりに買ってくれる客であり、その数が営業マンの成績を左右する。
 つまり出世も左右するのだ。
 逆に毎日注文をくれても、客の判断で売り買いする人は、あまり歓迎されない。あくまでも営業マンのいったとおりに売買してほしいものだ。
 証券マンはわがままなのだ。
 かわいそうに松田おばあちゃんに電話がかかるのは、11時すぎであろう。

4億   反対売買の生け贄は誰

 3月7日  午後2時
「先輩あかん!やってしもた!」
「どないしたんや」
「新日鉄1万株の売り買いチョンボやってしもた」
「そらあかんぞ、あと一時間しかないぞ。売りを買ったんか、買いを売ったんか」
「本来売るところをを買ってしまいました」
「そしたらまだましや、新しい買い手を捜して、元のはすぐ売っとけ!」


 証券会社の株の発注は、現在ほとんどがコンピューターで行なう。
 発注業務は特に大切なので必ず確認キーを2回押すシステムである。しかし電話を二、三本かかえて、ボードを見ながら別の伝票を書きながら発注すればさしもの証券マンでも間違いは起こるもの。
 今の場合、客の「新日鉄1万株、売り」注文を市場にまちがって「買い」で出してしまったパターン。
   当然売りたい1万株が売れずに余分な1万株が買えてしまったわけだ。
 偶然同じ銘柄を同じ株数買いたい客がいれば万万歳であるが、そんな事は地球上ではめったに起こりえない事である。
 すぐさま別の買い手をさがす必要性が生じる。そんな時に登場するのが前項のいわゆる「まかされ客」である。
 本当に涙が出るほど有り難い存在である。ご本人は家でのんびりテレビでも見ている間に、新日鉄1万株のオーナーになるのである。
 問題なのは「買い」を「売った」場合である。本来買うところを売ったわけだから、誰にでもはめられるものではない。つまりこの場合「新日鉄」を1万株以上持っている客にしか登場する資格はない。なおかつ素直に売ってくれるかどうかの問題が残る。
 そこで活躍するのが、コンピューターの「銘柄別顧客リスト」なるものである。
 新日鉄のコード番号が5401であるから、この番号をいれると、支店内の新日鉄を持っている顧客がズラズラと出てくる仕組み。
その中からまかされ客っぽい顧客を選んで電話をかける手順となる。
  もっともそんな客だから電話もしないでハメてしまうかも・・・

5億   全国、地区、支店、課別ノルマとは

 3月8日  午後5時
「おーい6時にラインがとまるから早く入力しろよ」
「うちの支店は現在入力ベースで70%だからな。関西地区は85%平均、全国は80%だ。」
「あと1時間でなにがなんでも30%をつめろ!絶対おとすなよ!」


 投資信託の締切日のほのぼのとした田園風景である。
 ここでいう入力ベースとは全く嘘のない数字の事で、実際の顧客の承諾をえた(当たり前であるが)注文の出来高である。
 当時の投資信託の規模は1ロット1500億円であった、これを支店数約100で割ると一支店あたり15億円のノルマとなる。
 地区ノルマは9ブロックで約170億円である。支店内でさらに分けられ投資相談課、営業課、外交課で3分されそれぞれ5億ずつ。さらに営業課内で課員10名で5000万ずつのノルマとなる。
 同じように株にしても、転換社債にしても、ワラント債にしてもノルマ化される。
 そしてその達成率を常に申告させられ、他支店との競争意識を煽るシステムになっている。
 課員の数字を集計するのが課長、各課長の数字を集計するのが支店長、各支店長の数字を集計するのが地区担当役員、それの総集計が本店である。お互いがそれぞれの数字を見比べながら、遅れていれば叱咤激怒するのである。
              

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